粗大ごみでも大丈夫?
「みんな何か問題ないか」「この会社はどうも給与制度がよくわかりませんね。
自分の計算と給与が合わないし、成果を出しても収入には反映しない面もある。
給与制度に、問題があるんじゃないですか」「うちの会社はしっかりしたマニュアルがないね。
こんな会社も珍しいんじゃないですか」「なるほど」「私は他社生保から最近転職してここにきたけど、保険契約の取れる教育をまったく受けさせてもらえなかった」「とにかく情報伝達が遅いよ」「ほう」「情報も無いけどコミュニケーション欠落組織だと思う」「そうかね」基本に忠実であろうとして反論もせずひたすら聞いた。
私は2週間後にまた部下に「何か問題はないか」と尋ねたところ、思わぬ反論を受けることになる。
「支社長は2週間前にも私たちに同じ質問をしました。
同じことを聞いてどうするんですか。
前回の問題点に対する改善策はどうなったんですか。
それを聞かせてください。
何の改善もないのに言っても意味ないですよ」「なるほど」結局、このように反論した部下を含め5人が一挙に退職してしまった。
退職理由の一つは、私のリーダーシップのなさだ。
聞くことは、コーチングの基本である。
しかし聞いて具体的行動、改善策をとらなければ意味がない。
個人的で感情的な問題であれば、聞くだけで相手の心に安らぎを与えることができるが、ビジネスでは次のプロセスを考えて聞かなければならない。
それでも私は、営業員と一緒に考えるという姿勢で聞き続けた。
営業員との関係は飛躍的に良くなった。
話し終わって部屋を出る営業員の顔は生き生きとしていた。
私は少し自信を持った。
勢い込んだ私は次に週1回の定期的な報告会議の際、目標達成ができない所長たちに対してコーチングを試してみた。
「今月の目標達成をどう見込んでいるかね」「残念ですが %で精一杯です」「なるほど、何が原因で目標通りにいかなかったのかな」「メンバーの一人が病気でほとんど稼働できませんでした」「この後の見通しはどうかね」「先日見舞いに行きましたが来月からは戦力になります」「来月のばん回は可能かな」「できるだけばん回します」「できるだけを具体的に言うとどうなるかな」「これから計画を立てます」日ごろ一方的に意見を押しつけるボス・マネジメントの見本のような私が、一転して話を聞く姿勢になったせいで所長たちは戸惑いながらも、少しずつ自分の考えを語り出した。
私は「なるほど」、「いいね」といった言葉以外はほとんど挟まず、所長たちが話すのを促した。
その結果、所長たちは、自分の存在が認められたような、何か今までに感じたことのない気分を味わったように見えた。
しかし一方では、指示や提案がほとんどないやり方に違和感を抱いていたようだ。
実際、自分の方からは話さない所長もいた。
「そんなことで数字が良くなるのか」という思いから離れられなかったからであろう。
これが徐々に支社内の分裂に発展していったのは、私が管理者としても、コーチとしても未熟であったからである。
習得した専門知識やスキルを基に所長や営業員に対して勉強会などを開いて、何とか知識を得させようと試みた。
しかし部下は熱心に耳を貸すどころか、その多くは「業績を上げるのに役立つわけがない」とまともに聞こうとすらしなかった。
やがて私は行き詰まった。
今考えて見ると当たり前だと思う。
営業員は、契約がなかなかとれない、保険税務の知識が欠けている、見込客を探せない、といったように、みんな抱えている課題が違うのだ。
そうした個別の問題を聞くために、全員を長時間拘束してしまった。
私は、とにかく一生懸命やっているふりをして満足したかったのかもしれない。
結果が出ない不安を、何でもいいからやって真の課題から逃げていたのだ。
それを営業員は見抜いて、「そんなことに付き合っていられるか。
おれたちは契約してナンボの歩合の世界で生きているんだ。
成績が上がらなければ生活ができないのだ」と本能的な拒否感を抱いていたのだろう。
収入確保に役に立たない、自分が抱えている問題以外のことも聞かされなければならないミーティングは、時間の無駄と判断したのだ。
もがいている私を見て、営業員の一人が、「支社長の後ろ姿ってさびしいですね」と言った。
生兵法のコーチングがなぜ失敗したのかを、今なら明確に説明することができる。
それは、部下(クライアント)との信頼関係が確立できていなかったからだ。
それはなぜか。
この後にも登場するが、私が福岡に赴任していた頃に、本社から私の助っ人として転勤してきたO課長という部下がいた。
彼は私のボス・マネジメント時代を身近に見ているだけに、私の部下になった時、えらい人の下に来てしまった、そのうち頭ごなしにどなり飛ばされるぞ、と戦々恐々としていたという。
周りの人からも「どうだ、やられちゃったか」、「生きているか」、「嫌になったらすぐに飛び出しちゃえばいいぞ」という、ありがたくもないアドバイスをたくさん受けたそうだ。
それほど、私のボス・マネジメントは有名であり、恐れられ、忌み嫌われていたのである。
そのボス・マネジメントの権化のような私が、ある日を境に「何か問題はないか」、「困っていることはないか」と部下に尋ねても、素直な気持ちで、胸襟を開いて接してくれるわけがない。
つまり、そもそも部下との信頼関係を構築できていない。
だから失敗の後、コーチング研修、認定コーチ研修とコーチングの実績を積み重ねても、なかなか部下へのコーチングがうまくいかない日々が続いたのである。
コーチングを学ぶ中で、重要な事項の割に意外にも学ぶ機会がないものは、相手との信頼関係の構築法である。
研修は、コーチングを受けるぞ、スキルを身につけるぞと思っている人がコーチや相手になる。
つまり、研修はコーチもクライアントもある程度の信頼関係が前提になっている。
むしろ積極的に構築しようという状況でしかコーチングが行われない。
こういう環境下のみで研修を重ねた私は、そうした信頼関係が当たり前のようにあるものだと思い込んでいた。
相手との信頼関係を構築する方法は、文字にしたり、表にしたり、図にしたりすることはできない。
では、コーチングの.の字も知らない、契約を取らなくてはいけない、稼がなくてはいけない、Hという鬼には気をつけなくてはいけない、という気持ちを持った部下と私との間で、結果的には、どのようにして信頼関係を構築できたのか。
それは、これまで私が学んできたこと、つまり人の話を聞く、相づちをうつ、同じ言葉を繰り返す、承認をする、対応をタイプ別に変える、ラポールをかける、明確化や開発に基づいた質問をするといったようなことを一つ一つ、うまずたゆまず続けたからだと思う。
続けることで信頼関係を徐々に確立していったのだ。
さらに、一対一で行ったコーチングの内容は、決して誰にも漏らさなかったということも重要だ。
二人で話したことがその日のうちに全社にいきわたっているような人には、仕事の問題点や悩みなどを話すことはありえない。
たとえ部下といえども、信頼関係を築くことは並大抵のことではない。
そして、少し信頼関係がつくれたかな、と思っても、ちょっとした一言や態度でその信頼関係はあっけなく崩れ去ってしまう。
コーチングを学んで会社で役に立てようとしても、うまくいかないという人のコーチングを最近行うことがある。
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